ダブリン市民(猫)

ありがとう、三森さん

  人の一生は波に例えられる、とする。特に、己の一生に話を絞る。その中でも、波の山谷、高低、傾きは他者評価ではなく自己評価、ひいては自己評価から他者評価に影響を及ぼす可能性がある値によって計測されるとする。そして重要なことは、この波は不連続関数であるということ。

 僕は常にこの波のどこかに位置していて、基本的には正の傾きを指向する、もしくはそうありたいと欲すものである。また、この傾きの値が大きいほど、いわゆる乗りに乗っている、調子がいい状態であるわけで、それを維持できればこの上ない。しかし、現実はそうはいかない。では、その悪い状態にあるときの自分はなにを思考し、なにを行動基準にすればいいか。

 その時々で最適解を出せると考えるほど愚かじゃない。一つ、回帰する場所があるなら、ホームグラウンドがあるなら、そこへ帰れば何か掴めるかもしれない。しかし、成長の見込みは薄く、やっていることは経験から乗り越えることに過ぎない。

 今日、波の谷にいるときは、人に頼ることを回答として知った。山にいるときにはほとんど目障りでしょうがない他人に助けを求める。彼らの話に耳を傾け、彼らの来歴を知ろうとする。そうすれば、他人と思っていた人が谷にいる僕に手を差し伸べてくることがあるのだ。この状況に至った僕は、感謝と尊敬と意志が同時に体の中で生まれるのを感じることができる。とても幸福な気持ちと冷静な熱量とを確かに手にしながら眠ることができるのだ。

 そういうことですよね、三森さん。本当に感謝します。ありがとう、僕は頑張ります。そののち、僕は必ず良い方向へ生まれ変わります。

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