ダブリン市民(猫)

性欲と良い関係を結びたい

 

 私は男性です。女性が性的対象です。婚約まではしたいと思っていて、入籍からはしたくないと考えています。

 なんでやりたいと感じるのか、なんでエロい姿の女を見ながらじいをするのか。

 性欲は本能の一つだから、無視できないものとし、どうしようもないから発散させる他ないと言えてしまうだろう。そうやって、性欲関係は仕方がないとしてしまうのか。じい行為は日常的・ルーティーン・習慣であり、きれいな女性に目がいってしまうのは男の性だとしてしまうのか。

 性欲が全て本能的衝動ではなく、高次的欲求、意識下の動機があるとしたら何だろうと考えていきました。今の結論は、獲得したい、自分のものにしたい、独占したい・・・そんな感じの優越感に浸りたいことが根源なのではないかということです。

 特定の女性、目の前にいる、そばにいる女性が、自分の目の前で一糸纏わぬ姿を見せてくれる。自分の身体を触ってくれる、触らせてくれる。僕の身体を受け入れ、彼女自身の身体を差し出してくれる。そんなとき、僕は幸福感とか肉体的な悦楽とかよりも先に、独占、所持、獲得、主従の主となっている自分とかそういうものが己を支配し満たしているのだと思います。

 段階で言うと、路傍の中に自分から見れば輝きを放っているものがいくつかあり、その一つが自分に近い存在となる。彼女が周りから見ただけではわからない、外見を超えたものをこちらに知らしてくれるようになる。そのうち、裸体を曝してくれるようになる。その間、ほとんどすべての男は彼女の内を知らずに生活している。こうやって、他人の状態から親密な状態へ移行したときに、その彼女にとって他人の状態の男の存在があって、自分は快楽を感じ得るのではないか。

 他人の男が見る彼女と僕が見る彼女の間に生じる差、これが僕の心を満たすのだと考えます。でもこの感情、男の持つ競争本能、闘争心とかに当てはまりそうな気がしてきました。どれだけ男の性欲について考え、その性質に向き合って理解してやろうとしても、人間のオスとして産まれたしまった以上どうしようもない部分があるのなら、こいつとはうまく折り合いをつけていくしかない。

 常人には性欲を処理できる何かが必要だ。方法・場合によっては、女性関係で劣等感や恐怖心や負の心の性質を持ち合わせないと駄目になり、逆に正の要素を産むこともある。モテる男もモテない男も、性欲の部分に違いはなく、処理の方法に違いが出るだけである。

 僕はちゃんと性欲があることとそれの本質を考えて理解しようとすることを続けたい。ただ裸や声や顔を見て興奮するだけじゃなくて、それらから自身の興奮はどこから来ているのか、自分の心の動きを捉えたい。その意識があれば、女性に対して、また女性関係でうらやましがられる男性に対して、違った態度をとることができるはずだ。己の性欲を感じるのは、それを実際に発揮する場面においてのみで良くて、どうでもいい場面で負の感情を抱きたくない。自らの性欲によって、社会生活を暗くするような感情を持ちたくない。

広告を非表示にする