ダブリン市民(猫)

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ゲーム的人生論ー信仰心を発見するー

Essential

661文字

 

 

運命の存在をありありと実感するようになった。ロマサガミンサガ)の運命、サンサーラナーガ2の輪廻転生をただフィクションのものとして処理するではなくて、立証できないけれど、自分には見えている事実として考えるのはどうだろう。(オレもいよいよ、すぴりちゅあるな人間になってきたなぁ)

 

自分はほとんど人形として生きている。運命の存在を容認している。輪廻転生の思想の中で無限の時の彼方に確かに存在する自分を想う。(パラレルというより、階層世界に近いか)

 

そして、それらを認めるなら、決してそれらに抗ってはいけない。抗えば必ず報いを受けることになる。

 

先人は運命を発見した。それは以前まで洗脳の道具として使われていたが、人間の道具となる以前の人々は、ほんとうに運命を発見したのだろう。運命は人間の道具に収まるような矮小なものではなく、我々の意思を超越したところにあるのだから、決して抗ってはいけない。

 

僕の苦しみは、抗くことにあった。もし抗ったうえで一応の成功を手にしたとしても、いつか報いがやってくる。たとえ一生のうちにやってこなくても、遠く離れた自分、またそれを含む大きなサイクルに対して報復がなされる。

 

フラーマは主人公たちに運命を全うするかどうか尋ねた。僕はアイテムを失おうとも抗う道を選んだが、あれは間違っていた。運命はあって、抗ってはいけない。

 

僕は、ここ5日ぐらいの生活の中で、信仰心を発見しました。経験や知識を超えた存在を信頼し、自己をゆだねる自覚的な態度のことです。

 

今日読んできたレベルEにも多大な影響を受けていると思われます。

 

 

 

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